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いや、答えなんか自分にはわからないです。正直タイムラインを追って「話題になってるなー」と思っていただけの野次馬だったわけですから。

作品をめぐる論争?

公開直後には作品に対する長文の批評記事などが話題を呼び、それに呼応する形で様々批評記事がネット上を騒がせていた劇場公開中の作品がありました。映画『セッション』です。

「あなたの酷評のせいで見るのをやめる人が出てしまっている」

「酷評記事だけで見なくなる人などいない」

といった一種の「祭り」となっていたのですが、そうなると怖いもの見たさで見に行きたいなと思うものです。

映画館で映画をみる意味?

もし酷評を受けるに相応しい作品であれば、劇場公開が終わった後ソフト化がスルーされてしまい見ることができずに「あの騒ぎはなんだったんだろう」とおいてけぼりを食らってしまいますし、

もし、酷評など値しない素晴らしい作品なのであれば劇場で見れないのはもったいないわけであります。

映画というのは公開してから一定の期間が経ってしまえば、映画館では二度と見られないのがほとんどという「生もの」なのです。

映画館の座席に座って、たまには雑音がうるさかったり、人の座席の領域に腕を侵入させて来たりと様々な迷惑な客もいるけれど、何十人から何百人の人が黙って同じスクリーンで同じ作品を見るという体験はよくよく考えると不思議な、何事にも代えがたい非日常の体験なのです。

そして、上映が終わった時に作品に対する感想を口にはせずにため息・仕草で各個人が各座席で表明するのです。

心を動かされた場合「(おおお)ぉぉぉ」という感動した時の声を押し殺した結果、小さい「ぉ」だけが音になったため息を吐き、駄作を見たと感じた時には劇場が明るくなった瞬間に不機嫌そうに雑音を立てながら身支度を始める。

そこではSNS以上にリアルタイムな感情の「共有」を感じることができるのです。

さて、「セッション」はどうだった。

そんな思いもあって、公開からしばらく日時が経ってしまい上映する映画館が減って来ているだろうとしても、機会を見つけて見たかった「セッション」。

実はTOHOシネマズで、絶賛上映中でした。

しかも、自分が見に行った日は各時間帯とも「満席」。満席ですよ!?「上映時刻間近につき、販売終了」とかじゃなくて、満席。

もしかしたら、自分と同じ「新宿のTOHOシネマズにまだ行ってなかったんだよなぁ」というだけの層もいるかもしれません。でも、それにしても、朝の回から立て続けに満席が続き、ようやくチケットが買えたのが午後4時台の上映回というのは、やはりあの騒ぎがあったことで「いっぺん見ておきたいな」という客が多かったんじゃないかなと思います。

実際は作品の方はというと、

「劇場で見てよかった」

ずばり、この一言だと思います。

ジャズのことはよくわからないです。チャーリー・パーカーがどうのと言われても、大して知らないし、作品中に「この中に音がずれている奴がいる」的なセリフがあっても、全くわからなかった。

ドラムを打つ早さが違うと言われても、「あ、そうなんだ」としかわからないし、専門用語が飛び交っても果たしてそれが正しい言い回しなのかもわからない。

伝わってくるのは「執念」

そんな中で、わかったのは主人公のアンドリューが音楽一家ではない中で必死にドラムを打ち込みのし上がろうとする狂気とも言える感情の強さ。家族の中に音楽の理解者がいないなかで、演奏で成功しようとするときの苦しさは、見ている自分までもイライラしたほど。

有力なバンドに呼ばれても家族にはアメフト下部リーグのMVPのほうが褒め称えられる。

下部リーグであることを指摘すれば、「音楽で職は得られるのか?」と返される。音楽に理解の無い筋肉脳の家族は誰一人としてアンドリューの肩を持たない。

若い学年にしてそのバンドに選ばれたことが名誉であることを説明し、ステージで成功すれば音楽家としての道がひらけるというチャンスがすぐ目の前にあることをどれだけ説明しても、家族はきょとん。

このシーンは特にイライラした。「なんでわかってあげられないんだよ!」

こういった、怒りとも言える燃えるような感情がアンドリューを突き動かし、クライマックスシーンに向けて力を蓄え、最後に爆破したんだと思います。

アンドリューのドラムの早打ちへの執念は自分がやろうとしていることを邪魔しようとするすべての雑念を振り払うようでした。

そして、最後には自分の家族に大いなる邪魔をされたことに気づくが、やはりそのときもドラムによって乗り越えようとします。

「うるせーばか」

「いいから、やる」

そんな言葉が聞こえてきそうでした。

物事を始めるときには何かと理由をつけて、遠慮することが多いですがこの映画のアンドリューには迷いが無かった。

目指すべき目標が明確なときには人は圧倒的な強さで努力を始められるんだろうな。そう思いました。

そして今回、映画館で見てよかったのはドラムを打ち込む執念が劇場の音響を伝って感じられて、執念を感じた観客から発せられる感情の揺れを満席の中で感じられることができたからです。

あの騒ぎの理由は見えたのか?

公開直後のネット上での祭りの当事者の気持ちもわかってきた気がするな。

もしかしたら音楽の専門家的には専門的な描写はめちゃくちゃだったのかもしれないけれども、主人公を取り巻く環境、人物もめちゃくちゃで、格闘ゲームやスポーツを見ているようだった。

そうするとテンションが上ってしまい、表現が汚くなり、長文になってしまう。

まだまだ、TOHOシネマズ新宿の上映情報見ると日によっては2スクリーン体制で回している日もあり、見るチャンスは存分にありそうです。

作品が終わって場内が明るくなった時に、作品に圧倒されため息が出るのか、不機嫌に身支度を始めるのか試してみてはいかがでしょうか。